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ボロボロゾウシ

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2016.01.20 Wed 「 大戦シリーズ謝恩会にお呼ばれしてきました日記
新年明けましておめでとうございます。今年も本サイトをよろしくお願いします。
2002年2月ごろから数回移転しつつも、サイトを開いてもう14年になるのか…。いろいろさぼりつつも続けるもんだな…。人の来ない感じがなぜかすごく安心するという境地に至ってしまった…。
コミティア参加顛末後編をちびちび書き貯めていっている間に年が明け、今に至ります。
基本誰も見ていないことを想定してグダグダ手記をしたためる形でこの日記を書いているつもりなので、まあしまらないがいいんじゃなかろうか。私はこの場に限っては王様の様にふるまいたい。普段メールなりツイッターなりでの交流の場では隅っこで小っちゃくなって震えているので適当につつくなりしてやって頂きたいです何卒何卒(ド小心)

というわけでコミティアの話はまた後日に語るとして、先日にお呼ばれしたSEGA様主催の大戦シリーズ謝恩会の話をとりとめもないですが書いておきたいと思います。

謝恩会は横浜にて。
今までツイッターやゲーム、漫画などで作品を拝見するばかりの開発関係者様の方々・作家様方に直接お会いすることが出来ました。
大戦シリーズ謝恩会にお呼ばれするのは二度目で、一度目の会をきっかけに顔見知りになることが出来た方々、他の集いで知り合った方々もたくさんいらしていました。
すごいなあ…だってあれだよ、うん年前までは一般人に毛が生えた程度のお絵描き趣味人間に過ぎなかった私がこんな場に呼ばれてすごい方々と末席ながら同席してるとか…。学生時代に作品を見て楽しんだり感動したりした方々が目の前にいるよ…。
すごい方々のすごいイラストを見てダメージを受けつつ(私はすごい絵を見て奮起するより先に凹むタチである)、名刺ケースを握りしめて色んな方にご挨拶させていただきました。
立食パーティ方式のビュッフェで、出てきたものはすぐお皿に盛って食べていました。あれはいいものだ…。二次会にも有難いことに呼んでいただいていたので、お腹いっぱいにはならないようにしつつプチケーキを何度かおかわりしてました。
初対面の方々にもご挨拶しまくり、名刺を頂いてきました。

…とりとめもなさすぎないかこの文章…。小並感もいいところじゃないの…。

ちなみにビンゴゲームでかなり早い段階でビンゴが当たったので、戦国大戦の地元武将のTシャツを貰うことにしました。肉が目玉賞品のようで選ぶこともできたんですが、地元武将が目に入ったんだから仕方がない。これは上着の下にコッソリ着るか保存用にとっておくかする予定。夏になったら着て外を歩いてるかもしれない。

帰りがけにはおみやげのカステラを頂きました。

前回も思いましたが豪華だ…。10時か3時のおやつにいただきたい。
保護フィルムをはがすときに角が欠けてしまった…。

二次会・三次会ではいろんな方々がいらして合流。集まった方々もすごいメンバー。
私もお話したい人をもっと誘えばよかったと後悔しつつ、ちびちび飲みながらご挨拶に回ったりずっと喋ったりして時が過ぎました。途中眠気があり、お酒に強くないことを再確認しました。普段飲まないから限度がわからないままだもんね、しょうがないね。

今回の会で頂いた名刺をずらっと並べてみると、今、最前線でクリエイティブな仕事をされている方々のお名前が並んでいて壮観です。大切にしまって時々見返してはムフフと笑ったりしたいと思います。


ちなみに泊まりは都心部まで行き、翌日遊び、更に3日目にも夕方まで遊んで帰るつもりが、3日目から雪が降り始め、地面が雪と融雪でベチャベチャになった状態となって普通の靴では歩くのが難しい状況になった&各線の電車が遅延・運転取りやめが相次いでいたので、時間を切り上げて朝のうちに新幹線で帰路につく形となりました。

このような感じで今回の東京旅は足早に終わったんですが、謝恩会&飲み会の席は本当に楽しく、有意義な時間でした。

いつもこういうイベントのときは緊張しすぎて直前には行きたくなくなってたりするものなんだけど、勇気を出して飛び込むと、いつも参加してよかったと思う。

ちなみに帰って次の日に、去年の冬から今までなかったくらい雪がガンガン降りはじめました。ひでえや…。そして当たり前のように首から下が全身筋肉痛。
他にも色々こまごまとしたこともあり、日記に書きたいですが、時間が掛かるのでまたの機会にしたいと思います。
寒いけど雪が無いと年を越した気分にならないんだよねえ…。本当にとりとめもない文だねえ…。


推敲してるうち、日記がブログになってから検索性のわりといい記事タイトルばっかり付けていることに気付いてしまった。もっと反骨精神というかロックに退廃的などうでもいい(しかもよく被ってた)脊髄反射的記事タイトルをつけてたあの頃の私はどこへ行ってしまったのか?人に見られることを意識して文を打つようになるうちにユーザビリティを考えて情報性を整えるようになってしまったのか?
しかしそもそも私の反骨精神は心の泥の底で燻る程度のものだし確固たる矜持をもってタイトルや文を綴っていたわけでは断じてなく水のような柔軟さをもって対応していたはずだ(優柔不断とか言っちゃいけない)。

…見て下さる方のおかげで矯正していただけたと考えてますとも。急に適当な記事タイトルを付けるときもあるかと思いますがどうぞご容赦を…。
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